男として、父として〜664g超低出生体重児、NICUとその後〜

父親になるとはどうゆうことなのか、体験と共に綴ります。664gで生まれた超低出生体重児のNICUでの記録とその後を父親目線でお伝えします!

「そうた」という家族

イチロー

毎日カレーを食べていたらしい。

 

こんばんは。

 

今日は家族について書きたいと思います。

 

その家族の名前は、

「そうた」

 

当時、

高校生離れした活躍で

世間を賑わせていた

元サッカー選手の平山相太選手

にちなんで

 

私の母がつけた名前です。

 

タレ目で

憎めない顔が特徴の男の子のダックスフンド

 

15年前

我が家(私の実家)に突然やって来ました。

 

私の同級生の家で産まれて

貰い手を探していた所を

母が譲り受けてきて

その日から、彼との生活がはじまりました。

 

 

それまで、我が家では

猫を5匹(!)、かっていたので

動物がいる環境には馴れていたし

 

ご飯を食べさせる、便の処理をするなど

実はめんどくさい作業も、

そこそこ熟知した上での

スタートだった為、

 

すんなり馴染めた記憶があります。

 

ただ、犬は猫と違って

かまってちゃんであることを除けば・・・

 

 

誰か、家に帰って来るなり

「キャンキャンキャンキャン」

 

家族で食卓を囲めば、よだれを垂らしながら

「キャンキャンキャンキャン」

 

ドアを開けたら

「さささささー」と脱走

 

私の母は

「こら、そうた」と

何回言っていたことでしょう。

 

 

我が家では、そうたに対して

特にしつけという事をしなかったので

 

「お手」や「おすわり」は

もちろんできませんでしたし

 

自由に、気ままに

はつらつと過ごしていました。

 

 

私は、15歳で家を出た為

濃密にそうたと過ごしたのは

約半年程ですが

 

家に電話をかけると

おそらく家族で一番

そうたに優しかった(甘かった)私の

声に反応して

「キャンキャンキャンキャン」

 

たまに実家に帰ると

飛びついて来て

得意のベロベロ攻撃をかましてきました。

 

 

私の兄と弟が家を出てからも

実家には、そうたがいるので

 

騒がしさは、あの頃のまま。

 

母も父も

誰かを育てている感覚と

癒やしをもらっていたことでしょう。

 

 

そんな、

そうたが先日亡くなりました。

 

母から

悲報を受けた時には

 

家族を亡くした悲しみに

胸の奥が締め付けられました。

 

 

ほとんど苦しまず

誰にも迷惑をかけずに去っていた

 

そうたは

 

ほぼ室内犬(時々脱走)として生きた

約15年(人間でいうと80歳程度)の生涯に幕を閉じました。

 

 

最後の方は

毛も少しずつ抜けて来て

全盛期の

「キャンキャンキャンキャン」も聞けなくなっていましたが

 

フトシと実家に帰省した際には

フトシを襲ってw、

されるがままのフトシとそうたの共演に

家族で笑ったのも懐かしく思います。

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生き物をかう事で

得られる事は本当にたくさんあると思います。

 

日々

かわいい側面だけでなく

面倒な事に向き合わなければならない事実

 

しつけを通した

自分自身の自立

 

死との向き合い方

 

 

教育的な部分はもちろんですが

 

何より

優しくなれると思います。

家族に

そして周りに。

 

 

そうたがいた事が

間違いなく我が家を作っていたし

 

私の心を育んだと思います。

 

 

 

先程、実家にテレビ電話をした際

フトシが

「犬は?」と私の母に投げかけていたのを聞いて

 

もう、

すぐに忘れてしまうかもしれませんが

 

フトシの中にも

確かにあの犬、そうたが刻まれていました。

 

 

 

 

そうたは、

我が家で生涯を全うできて楽しかったのかな?

 

15年という月日の中で

何を感じていたのかな?

 

なんて事を思います。

 

 

 

 

そうた、ありがとう。

 

あなたのお陰で

我が家が明るくなりましたよ。

 

ゆっくりやすんでください。

 

 

end